♪ 篠﨑靖男様(指揮者)からのメッセージ

 コロナ渦は、コンサート、飲食店、観光業が不要不急とされた数年間でした。しかし終えた現在、コンサートで感動の涙を流し、レストランで家族や友人と笑い合い、自由に旅行をして心に染み入るものを感じている方々は決して少数ではないと思います。むしろ、「生きるために、こういう時間が必要だったのだ」と深く理解した時間だったと思います。コンサートではまったく拍手が変わりました。なかなか鳴り止まなくなりました。

 

 僕は指揮者として、「音楽は、芸術は人間が生きていくのに必要だ」と思い続けてきましたが、今回の失われた数年間の空虚を経験し、益々確信を深めました。

 

 人間には動物にはないものがあります。それは興味や感動の喜びであり、無ければ生きる喜びや意味合いが失われてしまいます。これは平和な世界だからこそ享受出来るものではありますが、コンサート会場はそんな人間の大切な部分を満たすために必需です。もし、山口市に山口市民会館がなかったことを想像してみると良くわかります。県庁所在地の山口市民が地元で音楽を聴くことが出来ません。そしてホールがあるからオーケストラも演奏出来ます。山口県交響楽団も大切な本拠地のひとつとして、山口市の文化を盛り上げていることからも良くおわかりになられると存じます。

 

 山口市には、山口県交響楽団を指揮させて頂く機会を通して、何度も滞在させて頂きました。今もなお維新の熱気が渦巻いているような特別な場所で、維新の記念物が地元の方々に大切に守られていることに感動します。そんな山口市に明治維新百年記念事業の一環として1971年に建設されたのが山口市民会館だと伺っており、明治維新のプライドを内外に示すために市民会館を作られた当時の山口市の心意気が現在まで引き継がれていること、そして今後もその熱意を200年、300年と引き続けていくシンボルとして特別な思いを持って守られていくのでしょう。もちろん、物理的な建造物という意味ではなく、ホールが山口市に存在するということが大切なことは言うまでもありません。

 

 1971年と今現在では、公共ホールに対する考え方は大きく変わって参りました。当時は、現在の山口市民会館のような多目的コンサートホールを作る時期が続きましたし、音楽専門ホールは残響が多すぎるとの問題もありました。確かに、市の大切な式典でマイクを持った来賓のお言葉が聞こえづらければ困ってしまいます。しかし、現在では音響器機の発展が解決し、僕も在住している川崎市の音楽専門ホールであるミューザ川崎では、成人式も行われておりますし、音楽専門ホールの特別感が新成人たちに喜ばれているようです。

 

 川崎市では、中高の吹奏楽部やオーケストラ部のイベントでもミューザ川崎で行われておりますし、学生のみならず、そのご家族も「こんな凄い場所で」と感激なさっておられます。観賞教室でも学生たちは最高のサウンドを聴いて、卒業後の誇りにもなっているようです。なによりも、ミューザ川崎は世界的な指揮者やオーケストラから抜群の音響の良さで知られています。川崎は、工場の街と言うだけでなく、音楽芸術の街と大きく変わりました。

 

 国内外の要人が式典に来られても、「こんなに素晴らしい音楽ホールが」と市の評価を高めることもあるでしょう。特に海外の方々は、芸術文化の水準をその街の評価とすることは、これまでに、海外で活動をしてきた私も多く経験してきました。

 

 コンサートホールは、その市の文化レベルを見せる大事な場所です。山口市は県庁所在地でもありますので、「山口に世界的な音響を備えた音楽専門ホールがある」となれば、本当に素晴らしいと思います。

 

 もちろん、現在の山口市民会館がこれまでの山口の芸術文化を支えて来た事は大きく評価すべきです。設計もユニークで素晴らしい。ただ50年が過ぎ、建替え整備、または改装・改修を検討なさっておられるとのことを伺いました。現在の市民会館は。まずはそもそも音楽専門ホールではないので、音響が難しい面が無いと言えば嘘になりますし、内部改修だけで大きな成果は得られるかは可能性が低いと言わざるを得ません。ミューザ川崎、サントリーホール、札幌キタラ、ロス・アンジェルス、パリ、ヘルシンキを始め、多くのコンサートホールの音響設計をなさってこられ、現在、世界で一番評価が高い音響設計士・豊田泰久さんから「内部だけをいじる改修ではそれほど良い結果が出ないし、実際には、全面的に再整備した方が簡単です。」と伺った事があります。

 

 オーケストラを始めとした西洋音楽は、ホールの音響が楽器の一部として成り立っています。是非、山口県交響楽団を始めとした多くの地元音楽関係者、一流の音響設計士、そして、ソリストや指揮者の意見も聞いて頂ければと思います。私は山口県交響楽団をこれまで二回指揮をしたのですが、偶然にも二回ともに山口市民会館でした。もし一層の意見が必要でしたら、いつでもご連絡ください。お呼び頂いても構いません。

 

 では、これからも山口市、そして山口市民の心を支える芸術文化の益々のご発展をお祈りしています。

 篠﨑靖男(指揮者)